忘れることに備える記録

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しわ

ARRUGAS

2011年制作 2013年日本公開 スペイン 89分

監督:イグナシオ・フェレーラス

キャスト:タチョ・ゴンサレス、マベル・リベラ

養護老人ホームに預けられた元銀行員のエミリオ。お金に細かい同室のミゲルなど、施設に集まった老人は人それぞれ。完全に介護を要する老人は2階の部屋に入れられることもわかった。 

そんなある日、アルツハイマーのモデストの薬と自分の薬を間違えられたことから、エミリオは自身がアルツハイマーだと確信する。

ショックを受けたエミリオのために、ミゲルは何とかしようと考えた結果…

 

Amazonのカートの「今は買わない」に年単位で入れたままになっている作品。なかなか買わずでしたがふと「そういや借りりゃいいじゃん」とひらめき(むしろ何故今まで思わなかったのか)ようやく観賞。

思ってた以上に心をえぐる作品でした。予想はしてたんだけどね…。でも予想外に良い結末?を迎えたのでそこらへんは良かったのかな。

こういうヨーロッパ圏の海外アニメ作品は結構好きです、って言ってもそんなに本数を観たわけではないのですが。 印象に残っているのは『ベルヴィル・ランデブー』とか。ショメ監督の『ぼくを探しに』は個人的にイマイチだったわけですが、でもアニメ的な映像の部分は好きだった。

あと『グランド・ブダペスト・ホテル』で取り上げられたツヴァイクの原作『暮れ逢い』を昨年末に映画化したルコントの『スーサイド・ショップ』とかね。すげー回りくどい説明になった(笑)

次はショメ監督でこのイグナシオも参加してる『イリュージョニスト』を借りてこようかな。『ベルヴィル・ランデブー』とかも久々に観たいな。

で、この『しわ』はリアルというか日常に近い作品なのでちょっと毛色が違う作品だと思うんですが、それでも向こう特有の空気感は健在で、まぁ眠くなるような作品でもあるんですがジワーッと心に刺さる、ふとした時に考えてしまいそうな作品でした。

私は老人好きですが、多分純粋な老人好きではないので(物凄く失礼だと思うけども同情とかが混じっていると思う)あまり大層なことは言えないのですが、自分の親は勿論、自分の何十年間後も考えると決して他人事ではないんだよなーと。

老人に冷たく当たる人を見るといつも思うのが「子供叱るな来た道だもの 年寄り笑うな行く道だもの」です。まぁ子供はある程度叱るのに賛成なのですが、年寄りを笑ったりきつく当たったりする人にはいつも思う。

…あれだね、きっと私は老いに対する恐怖心が強いんだな、たぶん。


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映画『しわ』予告編 - YouTube

 

 

 

以下ネタバレあり

 

 

 

 

 

 

 

作品としては2部構成のような形になっていまして、前半はエミリオが主人公のようでエミリオ視点で話が進んでいくんですが、後半はミゲル視点ではないですがミゲル中心に話が進みます。

エミリオ中心の前半は彼がホームに預けられたところから話が始まり、元銀行員で支店長だった彼は自分がしっかりしていることに何の疑問も持っていない。

痴呆が始まっているホームの老人を騙すような形でお金を取っているルームメイトのミゲルのことを内心人として疑いながらも彼らと共にホームで何となく暮らしていく。

自分たちの過ごす1階にも他人の言葉を繰り返すだけの人や、子供に迎えにきてもらう為に電話を探し続けている人、火星人に襲われると思って1人になるのが怖い人、オリエント急行に乗ってイスタンブールに向かっていると信じずーっと窓の外を眺め続ける人など、自分とは違う人たちが大勢いる。しかし時々叫び声が聞こえる2階には1階より重症、24時間介護が必要な人が行くと聞き、2階に対する恐怖に怯え始める。

そんな折、2階に行く程のアルツハイマーながら奥さんの献身的な介護があり1階にとどまっているモデストと自分が同じ薬を飲んでいると知ってしまい、自分がアルツハイマーであることを確信してしまう。

2階への恐怖心もあり、同室のミゲルに協力してもらいながらなんとか1階にとどまり続けるが、車で事故を起こしてしまいとうとう2階に行くことになってしまう。

というのが前半のエミリオの話なんですが、このエミリオが典型的なマジメな元仕事人間って感じで自分がアルツハイマーだということがなかなか受け入れられない、そしてショックを受けるシーンが観ているこっちも凹む。

服装や寝る時に時計や財布をベッドサイドにきちんと並べたり、きちんきちんとしているのに少しずつ何かが狂っていく感じ。

最初に財布がなくなり、次に腕時計がなくなる、勿論金にがめついミゲルを疑うがミゲルは知らないと言う。最後に黒の靴下がなくなりとうとうミゲルの持ち物をひっくり返して探し始める…という紳士的というか理性的だったエミリオが少しずつ感情的になっていく様が恐怖でした。

そして同室のミゲルはエミリオの症状に気付いていて、まぁ秋に入居してクリスマスには自分の孫の顔がわからなくなっていたので周りから見たらアルツハイマーなのはすぐわかるのですが。

で、このミゲルが今まで家族を持ったことのない、愛を信じていない、老人を騙して金を巻き上げているのにも罪悪感を感じていないような人物なんですが、彼も2階への恐怖を強く持っていて、大金と大量の薬を隠し持ち、自分が2階に行くようなことになったらその薬で命を絶とうとすら考えている。

この作品は前半のエミリオの話を追いながら、このミゲルという人物に迫っていく話だと思います。

このミゲルという人物に起こる変化、それがいかに綺麗事だろうと、年齢を問わず人間に起こる気持ちの変化というものに心打たれます。

誰も愛さず信じず1人で生きてきたミゲルが大金を使い果たし、大量の薬を手にした時に思うこと。

綺麗事ですが恐怖に打ち勝つのは愛やそれに近い感情なのかもしれません。

 

しかしこの作品、老後への恐怖を助長しつつも、それでも少し考え方を改めさせられた気もします。

私は人間を形成していくのは記憶だと思うので、それを失っていくことが怖くて仕方ないのですが、失っていく中でも失わないものがあるのだな、と思うと少し安心というか…

もう何も感じないようなモデストも奥さんが思い出の言葉をかけると微笑んだり、ずっと窓の外を眺めている婦人も主人に会いにオリエント急行に乗っている思い出の中で生きていたり。

そういった忘れない記憶はその人を作り上げた根幹のようなものかもしれません。

それはほんの少しだけど、ちょっとした希望かもな。

 

個人的に好きなのはモデストと奥さんの回想シーンからの2人の関係。あとミゲルの変化していく様。

ミゲルの言う「俺たちはきっと大丈夫だよ」も何の根拠もないですが、すごくズシリとくる言葉でした。

そして1番心にきたのは電話を探す女性の姿。最初、ミゲルが彼女からお金を受け取り彼女が廊下を進んだ先でキョロキョロしているシーンは本当にきつかった。永遠に達成されることのない目的、精神的ダメージが凄かったです。

 

ってことでAmazonの「今は買わない」から卒業させるかは悩むところ。

良い作品でしたが精神的ダメージもそこそこあるので購入は少し考えちゃうな。

でもふとした時にもう1回観たくなりそうな気もします。

とりあえず1度は観てもいいんじゃないかと思う作品でした。思うところは人それぞれだと思いますが。

しわ [DVD]

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このパケのエミリオの頭から写真が飛んでいく様がアルツハイマーで思い出を失っていくことを示唆していて何とも切ないです。