先生と迷い猫
先生と迷い猫
2015年制作・公開 日本 107分
監督:深川栄洋
キャスト:イッセー尾形、染谷将太、北乃きい、ピエール瀧、嶋田久作
近所でも偏屈として評判の、定年退職した元校長の森衣恭一は妻がこの世を去って以来、淡々とした毎日を送っていた。
彼の家を訪ねて来るのは、森衣が長年撮りためてきた写真を資料として残したいという市役所職員と野良猫のミイぐらいだった。
亡くなった妻はミイを可愛がっていたが、森衣は猫が苦手で追い払おうとする。
久々にようやく映画館に行けました。やっぱ映画館っていいよね。そして映画っていいよね。
先月は『キングスマン』を観に行きたくて、今日もギリギリ上映していたんですがもうここまで来たら『キングスマン』はレンタル待ちでいいかと。
そして『ジョン・ウィック』とも悩んだんですが、とりあえず今の気分的にはこっち。
ってことで観てきました。
私は哺乳類は基本的に何でも好きですが圧倒的イヌ科好きでして、この作品も「きっとネコ好きに堪らない作品なんだろうなー、まぁネコも可愛いけどさー」って思いつつ、イッセー尾形にピエール瀧、そして嶋田久作という個人的にワクワクしてしまうキャスト目当てで観に行こうと思っていたんですが。
いやー、スンスンと泣いてしまいましたね。
でも上映前の周りのお喋りや上映中にチラホラ届く囁きを聞く限り(と言っても10人くらいのおばちゃま達ばかりでしたが)ネコ好きの方が観に来ていたようですが、終わった時にその方々は泣いておらず「可愛かったねー」みたいな反応だったので、ネコ好きにとっての泣ける作品とは違うようです。
私もストーリーに感情移入して泣いたわけではなく、イッセー尾形演じる校長先生を通して数年前に亡くした愛犬を想って泣いたのですが。
愛犬を思い出して寂しくて切なくて涙が出たのに、不快な涙ではなく、なんだろう、何も出来なかった自分が不甲斐なくも、そんな不甲斐なかった自分の代わりに校長先生が頑張ってくれているような気持ちになるというか。うまく言葉にできないですが、「寂しい」と思いつつも温かい気持ちになれるような感じというか。
あれですね、すごく校長先生のことがわかるっていうか、仲間意識を感じました。
あんなに偏屈であんなに優しくはないですが(笑)
でも映画の登場人物でこんなに理解できた(つもりになる)人物は久々な気がします。
個人的に物凄く愛おしい人物でした。
以下ネタバレあり
偏屈で有名な元校長先生は奥さんを亡くし、出版するわけでもないドイツ文学を訳しながら1人で暮らす日々。
町を歩けば他の住民は挨拶はしてくれるものの、家を訪ねてくるのは市役所の若者と妻が生前可愛がっていた野良猫だけ。
しかし猫の鳴き声がする度に妻のことを思い出してしまう為、猫が家の中に入れないようにし「二度と来るな」と追い返す。
すると本当に猫が来なくなり、町では同じ猫を可愛がっていた人が何人かいて…
というお話です。
姿勢が良いを通り越してふんぞり返ったように歩き、高圧的な喋り方をするものの、最初から先生の孤独が観ていて辛かったです。
仏壇にご飯ではなくパンを供えるのはきっと妻があのパンを好きで生前いつも一緒に朝食べていたのだろう、だからこそパンの味が変わったのを店主にわざわざ指摘したのだろう、だって妻が好きだったパンを供えたいしこれからも食べたいから。
傍から見ると嫌味にも見える行為ですが、先生は取り返しのつかない変化が訪れるのを知っているからこそ修正のきくであろう変化は極力受け付けたくないんだろうなと思ったり。
でも自分のそれが結果として取り返しのつかない変化の引き金になってしまうのですが、それに抗うでもなく静かに受け入れる。別れというのは形は違えどいずれ必ず訪れるものだから。
最愛の妻を亡くしたことで先生は別れを恐れ、諦め、大きな孤独を抱いて生きていこうとしたのかなと。
先生が「残された者は死とどう折り合いをつけるかに必死」と言ってましたが、先生は折り合いをつけるのが下手な人なんだろうな。
野良猫のミイの前に、ミイという飼い猫がいたようですが、野良猫ミイが庭に来た時に奥さんは「ミイにそっくり」とミイと呼んで可愛がるけど、先生は「生き物はもうこりごりだ。死んでしまうんだから」と野良猫を拒否するのは、失うのが怖いから最初から手を出さないって心理であって、猫が苦手ってことではないかと。
まぁ「うちだけならいいけど、どうせ他のところでも愛想を振りまいて可愛がってもらってる」ところは苦手というか嫌なんでしょうが(笑)
先生がミイを必死になって探すのは来なくなって寂しいからというのではなく、猫は死ぬ時にいなくなると聞いて「死ぬ前に可愛がってくれていた妻に別れを告げにきたのではないか、そしてそれを自分が邪魔してしまったのではないか」と思ってるからだろうな。
勿論生きていてほしいとは思ってるけど、先生は「別れ」というものがどれだけ大切か知っているからその分後悔が大きいのだろうと。
最後に先生が「自分ももっと可愛がれば良かった」と言うのがこの作品中の1番の変化かな。
別になんてことないことだけど、私にはとてもズッシリ来た。
私も犬が大好きだけど愛犬を亡くして以来どうしても新しく飼うことが出来ず、先生と同じようにどうせ自分よりも早く亡くなってしまうんだからまたあんな別れを繰り返すなら「生き物はこりごり」とも思ったし、新しい子を飼ったらその分だけ前の子を忘れてしまうそうで怖くて、じゃあそもそもそういう存在を作らない生活をしているわけだけど。
でも、失うのが怖いから遠ざけるんじゃなくて、いずれ失ってしまうんだから気に掛けるっていう、普通のことにやっと気付けたというか。
まだちょっと無理だけど(生活リズム的にも)いずれやっぱ犬飼おうとスッと思え、寂しいような切ないような温かいような不思議な気持ちで涙が出たのでした。
私の中でも折り合いがついたのでしょうかね。
あと、作中に出てくる男の子が謎だったんですが彼が帰った場所が「~こども園」的な施設のような場所だったので、あの子も「残されて折り合いの付け方がわからなかった子」なのかな。
俳優陣は個人的にとても良かったですが、イッセーさんは癖が強いので苦手な人は苦手かと。
イッセーさんの単独シーンも多かったのですが、それこそ一人芝居を観ているような、映画の「日常」にはうまく溶け込めない感じがあるのですが「浮いた存在」としてはアリかなと。
イッセーさんの映画は他には『トニー滝谷』くらいしか観てないですが、これも好きです。原作は村上春樹なんですが、ファンの方には申し訳ないですが私は村上春樹の作品はあまり合わなくて…。でも映画を観てから『レキシントンの幽霊』を買って、表題作の『レキシントンの幽霊』と『トニー滝谷』はお気に入りの作品になっています。
それにしても『トニー滝谷』以来そんなに見ていなかったのですっかりおじいちゃんになっていて驚きました。当たり前だけど。
あと嶋田久作さんの何とも味のある感じ、素晴らしかったです。好きです。
岸本加代子さんのどこの町にも1人はいそうなおばちゃん感とか、もたいまさこさんの何気ない幸福をまとったようなその存在感も本当に良かったです。この2人の雰囲気に私の思う「邦画の素晴らしさ」が凝縮されているような気すらします(笑)
そして今まで出演作品をほとんど観ていないってこともあり、その知名度に疑問を持っていた染谷さんですが、なんとなく(ほとんど観ていないのでなんとなく)彼が人気になる理由がわかったような気もします。
ちょっと意識して染谷さんが出演している作品を観てみようかな。
ってことで個人的にはとても大きな意味を持った作品になりました。
オススメですが、人を選びそうな作品ではあると思います。
原作というか、この話を基にしているそうです。