イリュージョニスト
THE ILLUSIONIST
2010年制作 2011年日本公開 80分 フランス
監督:シルヴァン・ショメ
1950年代のパリ。場末の劇場やバーで手品を披露していた老手品師のタチシェフは、スコットランドの離島にやって来る。
この辺鄙な田舎ではタチシェフの芸もまだまだ歓迎され、バーで出会った少女アリスはタチシェフを”魔法使い”だと信じるように。
そして島を離れるタチシェフについてきたアリスに、彼もまた生き別れた娘の面影を見るようになり…
ってことで借りてきた『イリュージョニスト』を観ました。なかなか評価の高いこの作品、「どうなのよどうなのよ」と観てみたところ、映像は観ていて全く飽きない、素晴らしいの一言、暖かみのある懐かしさもありつつ21世紀の作品でもある、画面の隅々にまできちんと手をかけられていて、どのシーンを切り出しても絵になります。
人物の顔や等身の具合の好き好きはあるでしょうが、個人的には味があると思える、見続けていると愛着が湧いてくる感じです。
そしてストーリーは賛否両論別れるところだと思います。いい話(感動とかそういうのとはまたちょっと別)なんですが、いかんせんテーマがテーマだしっていうか、登場人物が人物なので観賞後「いい話だったー!良かったー!」とは言えない…。
でも色々と思うことのできる作品だと思います。
是非1度は観ていただきたい1本。
ほぼサイレントと言ってもいいくらい会話がないんですが、そんなの気にならないくらいこの作品の世界観に浸れると思います。
以下ネタバレあり
時代遅れになった老手品師タチシェフと彼を魔法使いだと信じる田舎の少女アリスの都会暮らしについて。
って書くと超つまんなそうで自分でもビックリしました(笑)
原作はジャック・タチで、彼のことは名前だけはトリュフォーとかウェルズの流れで知っていたんですが、作品自体は観たことがありません。ショメもタチのファンだって言ってますよね。
タチは本名がタチシェフなんですが、この作品はタチが娘ソフィーを想って作り、自身で映画化しようと考えるも結局せずに終わったというもの。ってことでタチの自伝的部分もあるようです。
こうやって作品の雰囲気にピッタリと合うショメという監督によってアニメ化された作品を観てしまうと「この作品はアニメでやって正解!」と思いますが、実写でも観てみたかったな。名作になってた予感がバリバリします。
そして映像面では多分9割くらいの人に高評価をもらえるだろうと思いますが、賛否分かれるのがストーリーの部分。
各地を転々としながらマジックショーを開いて生活していくも変化していく時代の流れに逆らえず、客は奇抜で滑稽な動きをするロックバンドに熱狂していてタチシェフの手品は見向きもされない。そんな中ある男に誘われて仕事に行ったのはスコットランドの片田舎の離島。そこではタチシェフの手品もまだ受け入れられ、ショーを行ったバーで働いていたアリスはタチシェフの手品を魔法だと信じる。タチシェフのシャツを洗濯してくれたアリスに手品で小銭をあげたり、靴がボロボロだというアリスに靴を買ってあげたり、故郷に置いてきた娘をアリスに重ねて接していたが、タチシェフが島を離れる日にアリスはこっそりついてきてしまう。
タチシェフが次に興行するエジンバラまでついてき、ホテルで共同生活をし始めるがアリスは都会の生活で目にする物をタチシェフの魔法に強請り…
ってとこまで書いただけで「アリス…?」となると思うんですが、実際観ながら「アリスなんやねん、なんなんこいつ、いくら離島と言えど金という感覚がないわけでもなしに!むしろこいつバーで下働きみたいなことしてたやん!」と好き嫌いの多い私は軽くご立腹でした。
コートを強請り、ハイヒールを強請り、洋服を強請り、小銭を強請るのです。老人に!
しかも冬にコート持ってなくて「寒い、コート欲しいなー!」ならわかるんですよ、まだ。ただ「あのコート綺麗、欲しい!」ってのが…。ハイヒール欲しいってのも、タチシェフに赤い靴もらったやんけ!それを大事にしろや!と思ったり…
タチシェフもタチシェフで「僕は魔法使いじゃない」と最初伝えようとするんですが、言葉が伝わらないこともあり、故郷の娘をアリスに重ねているのもありで彼女の要望をかなえ続けていくのです。勿論タチシェフの仕事は減る一方でお金はないので手品以外の仕事も掛け持ちしながら。
そもそもホテルもベッドにアリス、ソファにタチシェフってのはまぁわかるんですが、アリスはもう少し老人を労わろうって気持ちがないのか!ってイライラ。
夜中にタチシェフが副業していることも知らずに着飾って街をウロウロしてはタチシェフに小銭を強請る。
途中まで私のアリスに対するイライラは凄いことになっていました(笑)「この年金泥棒が!」くらいに思っていました(タチシェフは決して年金生活ではありません)
そして最終的にアリスはホテルの近くに住んでいる青年と恋に落ちるのですが、それを知ったタチシェフはアリスの前から姿を消します。
アリスが小銭を強請る度に手品で出していたのに、普通に小銭を渡すようになり、最終的には「魔法使いはいない」と置手紙をしてホテルを出てしまいます。
それを見たアリスもホテルを出て恋人と歩いていくんですが、アリスがその手紙を発見した時、恋人が外で待っていたのでどっちにしろアリスは出ていくつもりだったのかな、とも思ったり。
結局アリスにとってタチシェフはなんだったのか。便利な魔法使いなだけだったのか…そうじゃないことを願いますが。アリスのこの「あれ欲しいな」攻撃はタチシェフを魔法使いと信じての悪気のない行為なのですが、悪気なければ許されると思うなよ!な考えの私としてはそんなの別に免罪符にはならないです。
しかしタチシェフもタチシェフで、アリスのおねだりにできるだけ応えてあげたい、魔法を信じさせてあげたいって気持ちもわからなくないですが、世間知らずのままほっぽって行くのもどうかと…。あの年齢の恋なんてどうなるかわからない(8割は目が覚めると思ってる)のに、あんな世間知らずのまま(デパートのネックレスが小銭で買えると思ってるくらい)恋人の元に置いてきて、その恋が終わりを迎えた時アリスはどうするんですかね。
この作品の中ではこの2人とは別に印象的な人物が出てきまして、特に印象的なのがタチシェフと同じホテル住まいで、同じように時代に置いていかれるピエロと腹話術師。
ピエロは出てきた時から酒に溺れ近所の子供たちにリンチされてて、自殺を決行しようとしたところアリスからのシチューのお裾分けでもう1度生きる決意をしホテルを出ていきます。
そして腹話術師はいつも腹話術の人形と一緒で、出てきた当初は特に問題ないように見え、材料を持ってきてアリスにシチューを作ってくれるよう頼んだりしています。しかしタチシェフが手品をやめる決意をして質屋に行くと彼の人形が売られていて、彼自身もホテルから出て酒に溺れ物乞いになっていました。彼が何故そのようになったかは全く描かれていませんし、言葉でも説明はないんですが時代なんでしょう、きっと。ご飯を食べる時も一緒で、倒れるとちゃんと座り直していた程の人形を質屋に手放してしまう彼の心境は私にはわかりかねますが、最後、その人形が質屋のショーウインドーの中でFREEのタグを付けられていたのは心にきたな…
結局出てくる人はみんな幸せにはなっていないので(タチシェフ、アリス、ピエロの今後は不明)なんとも後味の悪い作品なのですが、映像は非の打ちどころがないくらい綺麗で素晴らしいので無理なく最後まで楽しんで観ることができました。
映像特典の中でショメは「観客がこの作品から得るものは?」という質問に対して「観客は映画から何かを得るのではなく、自身の何かを投影して独自の映画にする。説明過多な作品ではなく、多くの余白を残していてそれぞれの想いで観ることができる」と答えていましたが、まさにその通りだと思います。きっとこの作品は観る人によって何を思うかだいぶ違うでしょう。
制作のボブ・ラストはこの作品のテーマを「失うことと手放すこと。誰かを解放することで自分も喪失感から自由になる」と言ってましたが、この言葉だけでも物凄く考えることができるよね。
ふとした時にまた観たくなるんだろうなって予感のある作品でした。そしてきっと観る度に新たな感想を持ったり、新たな発見をしたりするんだろうな。